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診療所ニュース

さくらの便り


熊は「冬眠」しているのではない

― 人生の三分の一を占める睡眠のこと ―

                                     2023年1月作成

                  所長 石井 照之

テキスト ボックス:  熊の生態に特別な思い入れがあるのには理由があります。大学の6年間に登山を楽しんだし、卒業後も時おり出かけもした。熊には一度も遭遇したことはないのに、ここ10年ほどで4度もお目にかかったからだと思います。3度は林道をサイクリング中に出くわして、いま1度は北アルプス登山口の上高地で、その距離20メートル。サイクリングでは、林道の長い急な長い下り坂のカーブを曲がって直後に、目視した時には急ブレーキでも間に合わず、下手をすると熊のところで止まってしまうので、狭い林道を同じ方向に駆け下っていた熊の横を祈る思いで追い越した。

熊と聞き、その活字を目にすると気を奪われるのはこの体験による。書評にひかれて購入した「人体大全」は500頁の大部な翻訳本で、人体についての解剖学や生理学、病理学の一般書であり、人体の不思議や謎にも触れている臓器別の解説書です。23の章立ての中に、「人生の三分の一を占める睡眠のこと」といった章があり、熊は「冬眠」しているのではないとの意想外な話から始まっていた。   

  熊は「冬眠」しているのではない 

テキスト ボックス:  冬眠している動物はひと冬の間、無意識の状態のまま毎日数時間、いつもの睡眠の時間を取っているという。冬眠と睡眠は神経学と代謝学の観点からみると全く別物であり、冬眠では体温が大幅に下がって、零度近くになるが、熊は体温が正常近くにとどまり簡単に目を覚ますのだという。   

越冬する動物の冬眠と睡眠のこの相違に従えば、ひと冬の長い非活動状態の熊は無意識の状態のまま毎日数時間、いつもの睡眠を取っている訳だから、冬だからと言って安心せず熊にはくれぐれもご用心を。

 無意識の目覚め  

テキスト ボックス:  同じ章には、一晩の睡眠周期についても触れていて、ご存知の、浅い眠りのレム期(REMEは眼eyeの事で閉眼した眼球がきょろきょろと目まぐるしく運動する時間)と深い眠りのノンレム期です。レム期に夢を見ると言われているのですが、深い眠りのノンレム睡眠でも夢を見ることのある人は71%いるとのことなので、正確に言えばレム期もノンレム期も夢を見ていて、レム期により多く夢を見るという事になる。

睡眠中に目だけが動くのではなく、姿勢を変えもする。一晩に寝返りは多いと30回以上だという。この気づかない短い目覚めの合計は最大30分に及ぶという。旅に疲れてホテルのいつもと違うベッドに横になり深い眠りについたとしても、めったに床に落ちたりしないのは、熟睡していてもベッドの端がどこなのかを見張っている機能が備わっているからだろうとあった。

睡眠中の脳波検査で、自分の名前が呼びかけられると反応が見られても、知らない人の名前には反応しなかったというから、これも気づかぬ目覚めの一例というわけか。

 目覚めの睡眠 

これとは逆に、目覚めている時間にとぎれとぎれの睡眠があるという。「ヒプナゴジア」とよばれるもので、これは覚醒と睡眠のはざまに訪れる無意識の状態と説明されている。良く経験する眠りに落ちる直前の「うとっとする」のとは違うらしい。睡眠学者が12人の航空機パイロットを調べたところ、ほぼ全員に飛行中何度も、自覚なく眠っていたか眠っていたと同然の、このヒプナゴジアがみられたという。睡眠学習法は聞いたことは有るが睡眠飛行術は耳にしたことがない。事故に結びつくことがないのはこの無意識が短時間に終わるからであろうし、パイロットが二人の時もあるからであろう。でも知らないほうが飛行機旅行は楽しめる。

 体内時計の発見

網膜にある二種類の細胞(桿体細胞と錐体細胞)は光感受性細胞であり、このおかげで光を感じ取って物を見ることが出来ていると大学で習いました。150年前にこれら細胞が発見されて以降、光を感じ取る第三の細胞(「感光性網膜神経節細胞」と命名)の存在が報告されたのは1999年ですから、つい最近の事です。150年間発見に至らなかったので、発表当時その存在は疑われて、「でたらめだ」と酷評する人もいたそうです。この第三の光感受性細胞は、何と視覚と関係はなく、明るさを感知するためだけに働く。

テキスト ボックス:  この存在を裏付ける実験があって、先天的に桿体細胞と錐体細胞を失った全盲の女性に、部屋の明かりのスイッチの切り替わりを言い当ててもらったところ、何度やっても毎回正解の結果であり、女性本人も居合わせた者も驚いたという。

この第三の光感受性細胞の発する「明るくなった」との情報は脳の別の場所(視床下部にある視交叉上核しこうさじょうかく)に伝えられ、「朝が来た」「夜になった」と昼夜のリズムをつけるのに役立ち、いわゆる体内時計の形成に関わる。

一日の長さを決めるメラトニンというホルモンを分泌する松果体(グリーンピースの大きさで視交叉上核の近くにある)は、この視交叉上核と連携して体内時計を形成すると分かってきています。

目覚まし時計のアラームが鳴らなくても普段と同じ時刻に目覚めた経験は皆さんお有りと思います。私の寝床は日の高い季節も真っ暗なので、明るくなったことを、この視交叉上核は感知できません。でもアラームなしで普段の時刻に目覚めるので、不思議な体内時計が正確に機能していることを実感しています。

このリズムの乱れが病気の一因を為すとあるので、今年も規則正しく暮らすことに越したことはないようです。